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自由席で座れる。 新幹線代8000円ちょっと。 往復で16000円かかる。 一番カネがかかるのは交通費だ。 |
バス停を間違った。 このビルの前から港への バスが出る。 港まで220円。 |
はじめ、こちらのビル へ行って、ウロウロする。 |
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いい天気だ。 | 博多港に着く。 | ビートルのカウンターに行く。 65歳以上は往復券が 割引になる。 ほかに国際ターミナル利用代 500円もとられる。 往復代16000円。 |
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水中翼船が見える。 | 関係ない人が 写ってしまった。 |
韓国は寒いだろうと 思って、首巻を巻いている。 |
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2階の窓際に座る。 | 船は珍しいので 写す。 |
船に乗れてホッとする。 |
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何のタワーなのか? | 日本が遠ざかる。 | 対馬が見える。 |
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韓国に近づいた。 | 島の名前もあるだろうに、 私にはわからない。 |
釜山の町並みが見えてくる。 |
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恐ろしく高い橋だ。 | 釜山の中心部に向かっていく。 | 船は見て飽きない。 |
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女性税関の写真を 撮ろうとしたら、だめと言われた。 |
釜山港で両替する。 町の中の銀行と比較して 5120ウォン損した。 |
哲学と書いてあるが、 たぶん占い師だ。 |
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釜山タワーが見える。 徹夜がきいたのか、 友はへたる。階段で 休む。 |
ここに登ったが、へたった 友は階段に 旅行案内の本を忘れる。また 階段を降り、登ってこないと いけない。来た早々 どうなることやら。 |
李舜臣将軍も笑っているだろう。 |
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またここで休む。 | やることがないので 振り返って見たりした。 |
気を取り直して 降りていくとおっさんたちが 朝鮮将棋をしている。 平和公園と同じく 横でチャチを入れる人 がいる。後ろで突っ立っている おっさんは若そうなのに仕事が ないのであろうか? |
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タワーのある山から 降りると、揚げパン屋があった。 |
友があらかじめ決めていた 「クンチプ」と言う店で 昼飯を食う。 一人10000ウォン。 |
「クンチプ」の従業員さん。 |
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女の子と撮りたかったが、 遠慮した。 |
たくさん皿が出た。 | 最後におかゆまでも。 |
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国際市場に入る。 | 南京豆もある。 | 二重焼きの屋台。 ハングル表で見ると、 「チョイコクプ」とでも 発音するのか? (ハングル表を見て書いているので 正しいのか自信がない) |
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イチゴもあり、ジュースも 売っていた。 |
この屋台では結構 人だかりができている。 |
平日にしては人が多い。 のではないかと、思う。 |
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豆腐は好きなので、 どうしても撮りたくなる。 大学を卒業してもいい就職先が ないので仕方なく親の仕事を ひき続いてやっているのか? 食料品店で若い男は珍しい。 |
野菜も新鮮だ。 | 魚はちょっとひやけている。 |
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見たこともない貝もある。 | 定番のキムチ。でも 文字はキムチと書いていない。 「ファムフシクフェ」 やはり市場はおばちゃんたちが 似合う。 |
練り物。ソウルで これなに!というオデンを 食ったので、それ以降 韓国のオデンは 食わない。 |
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豆いり餅。 | そうそう、この蛇腹に 串に刺したもの。 ソウルで私はそっと吐き出した。 |
これはまがいもなく キムチだろう。 |
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この辺ではどこを 歩いているのか わからない。 |
ますます人が多くなる。 | ぜんざいの屋台。 食べたがったが、まわりが 全部女性で注文しづらい。 きな粉もある。 |
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何を売っているのか? | 午後4時過ぎになったので、 東横ホテルに向かう。 ロッテ百貨店が見えてくる。 |
変わったデザインだ。 それにしても釜山の運転手は ストレスが溜まっているようだ。 少しでも渋滞すると攻撃的な クラクションを鳴らす。 バスもタクシーも目一杯スピードを あげている。 |
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東横ホテルに向かう途中での 表札屋。 やっぱり表札は漢字で 書かないと。ハングル文字では 重みがない。 |
釜山中央警察署。 自分がそう思っているだけで 中央かどうかは わからない。 「プチャンチュウプキョチャルソ」 とあるからチュウプは中央の ことだろう。 |
東横ホテルに着く。 |
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夕方5時に入る。 408号室。 カードをかがすだけでドアが 開き、部屋に入って 所定の場所に カードを入れると 部屋の電気がつく。 もちろん出る時は 勝手にドアの鍵が 掛かってしまう。 部屋代は2日間で7000円ちょっと。 |
風呂に入り、 少し休んで夕食に 町に出る。 |
予定していたところの店は ガイドブックを友が忘れ、 チャガルチ駅ちかくと いうだけで名前も忘れ、 あちらこちら右往左往する。 海鮮料理の予定が焼肉の 店になる。 友には忘れ癖があるということが わかる。 |
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また例のごとく 小皿がたくさん出る。 海苔はサービスよ言われた。 ご飯に巻いて食べる。 |
日本語のできる 店員さんと。領収書に 個人印ようなものが 押してあった。名前だろう。 パン・ヨスンさんかも。 |
私も。 料金は50000ウォン。 |
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店の概観。 「ナンムポチャ」と 読むのであろうか? 南浦屋の屋がチャに なるのかな? |
帰りは地下鉄の地下街を 通って。韓国も 生きるのは厳しいらしい。 自前の絨毯だから ダンボールよりは階級が 上なのであろう。 |
危険なことは 避けてもう9時には 寝る。 |
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04月23日(火曜日) 次の朝6時前に起きて チャガルチと反対方面 釜山駅の方面に歩いていく。 スーパーマーケットを見つける。 「チョリャマトウ」と読むのだろうか? この晩ここでパンと牛乳を 買って夕食にする。 |
立派なビル群だ。 地下鉄の表示、 「プチャンヨック」 駅が「ヨック」ということか。 |
デザインもよろしい。 中国工商銀行ビルだ。 私の側の裏手には 中国街がある。 |
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その真向かいはこのように 道路工事が多い。 |
この案内板を 見ると日本語も中国語 もある。 |
漢字があればわかりやすい。 隣の店の名は、 「トンカス」これは黒文字。 「ムファンリピル」赤文字。 コックさんの絵があるから 食べ物屋であろうが、何の料理か わからない。 |
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ハングル文字では どんな会社かわからない。 |
朝早くから、店主は 店の前に座っている。 この人もぶっすとしている。 個人店主は、日本もそうだけど、 厳しい経済状況にさらされて いるのだろう。 |
朝の6時ではやっている 屋台はどこにもない。 |
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すっきりとしたものだ。 | どうしても食べ物に 気が向く。 |
寂れた店の前に ユーホーキャッチャーがある。 「ロッキチャシック」 壁紙のようなものが あるから内装店かも。 |
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大邸宅と思いきや 官庁だった。 |
釜山建築事務所 でもいうのであろう。 |
中華料理店が多い端に 怪しい店がある。 「ノレタウン」タウンは 町かもしれないが、裸同然の女性の 絵があって、ノレは何の意味か? 日本語の「乗れる」と言う言葉と 関係があるのか? ビル名は「清心ビルティ」なのでしょう。 |
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温泉マークがあるが 連れ込みホテルではないと ガイドブックにはあるが。 「ユリムチャ」 |
一歩中に入ると、 工事だらけだ。 |
朝早くから おかゆを炊いている。 |
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この奥こそ連れ込み ホテルだろう。自動車が 入っている。 |
テレビドラマで 女主人公が材木屋で 働いていたのを 思い出す。 「ソチャハンパンテェリチョッム」 |
貧困者の住む路地は 何としても気を引いてしまう。 |
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ビル街のなかに このような路地がある。しかし 家の前には何か張り紙があって 都市整理で壊される 運命ではないか。 |
華僑のための小学校。 いかにも中国風だ。 |
グランドも小さい。でも 生徒はいるのだろうか。 |
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ここも工事。その先に 中国風の門。 |
開店祝いの花輪だけど、 看板も使い込んでいる。 |
釜山の中心街だから 再開発が頻繁。前の 平屋はいじばって いるのであろうか。 |
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くず屋も朝早くから 活動している。 |
ペットボトルもビニール袋に 一杯だ。 |
韓国の和服専門店。 ちょっと言い方がおかしいが。 |
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ガラスに光って 見にくいが、子供用の 自家用車。 |
東横のカウンターの人。 黄色の人が「キム・ソヨン」さん、 桃色の人が「リー・キョンフン」さん。 |
日本語もできる。 黄色と桃色の服には 何か違いがあるのだろうか? |
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散歩から返って、 東横のただの食事。 友の食事。 |
私はこの頃から街でも、 市場でも、食べ物屋でも 韓国の匂いが 鼻について、オヘッとなりそう。 パンを食う。 |
街で若い女性に声を かけられないので、 テレビのキャスターで我慢する。 テレビに出るアナウンサーは ある面韓国では エリートといわれよう。 |
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これは芸能界紹介の お姉さんかも。 韓国では一流企業に入れるのは 大学卒で5%しかいないそうです。 その他は非正規雇用で、 月収88万ウォン。 |
お天気お姉さん。これらの お姉さんはきれいだけど、 整形したのだろうか。韓国では 大学を卒業しても半分も 就職できないというデーターがある。 大卒と同時に美人でないと テレビ局に就職できないだろう。 |
食事した後、ホテルを出るが、 雨が降り出した。コンビニで 傘を買う。そこのお姉さん。 このお姉さんも日本と同じように 非正規雇用なのでしょう。 |
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ここが40階段。朝鮮戦争で 南北の離散家族が ここで情報を交わしたと、 いうところ。 |
この階段の前に懐かしい ポン菓子の作る器械と人の 銅像がある。 |
この傘は2500ウォンした。 |
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友の写真の撮り方は 何か不安定だ。 |
この階段の中ごろに。 アコーディオンは 離れ離れになった人たちの 心を慰めたのであろう。 |
そこらじゅうが 工事だらけ。 |
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近代歴史博物館かと思ったが、 警察署だった。 |
近代歴史博物館のなかで 20分間映画が流される。 日本帝国主義の子孫たちに 反省を促すために。 |
2階に上がる。 |
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釜山の歴史の俯瞰図。 | 小さな漁港に過ぎなかった 釜山が日本によって 開発されていく。 |
居留地を作り、 ちょうど欧米が 日本でやったことを 真似している。 |
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釜山港を埋め立てして、 大きな船が泊められるようにと。 その設計図。 |
領事館を建設したり、 | 日本人街もできていく。 |
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苦悩する朝鮮人。 | 日本の官庁か会社の建物。 | 朝鮮人労働者のストライキを 報じる新聞。 |
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日本が漁業も海運も 支配していく。 |
香椎源太郎は朝鮮の 水産王といわれた と書いています。 |
朝鮮も日本でいう 「講」を作ってお金を 融通しあった。 朝鮮語でそれを「契」という。 |
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1920年 金融恐慌で統廃合。 |
朝鮮でも徴兵が 実施された。 |
「慰安婦」とか「強制労働」とかの 言葉がパネル上に記述してある。 |
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キリンビールの 看板もある。 |
日本人による 土地の収奪。 |
日本人街の 拡大。 |
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釜山港の京釜鉄道、 釜関連絡線の会社のビル。 |
展示物の解説には、 韓国語、中国語、日本語 と三種類併記している。 |
埠頭に連絡船が着いた。 |
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日本海運の隆盛。 | 釜山全市の模型。 | パネルの知りたいところを 押すと模型の家の中の豆電球が ついてその場所が わかるようになっている。 |
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この山に今は釜山タワーが 建っている。 |
鉄道の終着点だから その関連の建物だろう。 |
税関かも知れぬ。 |
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上水道、病院、 近代的な橋。 日本人が自らの 利便性のために作ると。 |
釜山大橋。 | この当時から新幹線の 構想があったのだ。 |
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日本の皇族に叙せられた 朝鮮最後の王。 |
変わり行く釜山。 | 東菜の変わりよう。もともと 東菜のほうが大きな町で 釜山は小さな漁港に 過ぎなかった。 |
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東菜は日本人の 遊興地に。温泉が出るので。 |
同じ場所が、 | 電車が通ったりして。 |
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今はこのような状態です。 | 東洋拓殖株式会社は 日本の貧窮者の朝鮮への 移住を勧める。 |
日本から来た 「貧窮者」たち。 |
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日本式の農業。 | 博物館の中で、 日本の家屋を縮小して 再現している。 |
中にクリーニングした 服まであって、芸がこまかい。 |
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菓子屋も鳴門巻きあり、 デコレーションケーキもある。 |
明治屋は足袋も 売っていたのか。 クラブ化粧品は 今日もあるのではないか。 |
加藤清正よりも恐ろしい 憲兵隊。 |
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近代歴史博物館はもともと 東洋拓殖株式会社が あったところ。 |
日本人の事務員と 朝鮮人農民か商人を 対比的に描いている。 |
どこの会社のマークか? |
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電車の終点地。 | 日帝が建てた洋式の建物。 | 日本人が建てた商店。 |
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ラジオ。 | 蓄音機。 | ビクターレコードの マークがあった。 |
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これらを模した縮小家屋が 博物館の3階に展示してある。 |
化粧水の瓶。 | てんかふ、か? |
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煎餅が入っていた ブリキの缶。 |
石鹸箱。セルロイドで つくっているのかな? |
懐かしのマッチ箱。 |
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タバコの値段表。 敷島、朝日という銘柄もある。 |
これも縮小建物がある。 | もちろん日本酒であろう。 |
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今のソウルと釜山を結ぶ 京釜線。 |
市内電車。 | 今の携帯と比べると 莫大大きい電話機。 |
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カメラ。 | 菓子屋の前に立つ。 | 電車の出発点に立つ。 |
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この人親切にも、行過ぎた 古本屋街まで、一緒に歩いて 連れて行ってくれる。何か 研磨していた仕事を なげうって。 トシのかたでこういう人は 韓国人に多い。本当に ありがとう。 |
古本屋の店主。コーヒーを ご馳走してくれたので ドラマ「風の絵師」にあったような 美術書を1000ウォンで 買う。 |
朝10時過ぎても ほとんどの店は閉まっている。 |
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別の古本屋の入り口。 | 古本屋の象徴の 銅像がある。 |
また昨日入った市場へ行く。 |
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お好み焼きもある。 | イモをふかしているのだろうか。 おっさんは笑わない。もうちょっと 愛想がよかったら 買っただろうに。考えようによっては かつて日本帝国主義がこの地の 人々を抑圧したように、今は現代、サムソン ロッテといった巨大企業がそのかわりをしていると いえないこともない。これらの企業は 海外では安売りし、自国では高く価格を 設定しています。土産にロッテチョコレート 農協スーパーで買ったのだが一枚990ウォン。 日本のスーパーで買うと、一枚、安いところでは 78円くらいで売っている。 この個人店主も厳しい経済状態かもしれません。 |
大きな太刀魚だ。 |
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昨日「クンチプ」で食べた てんぷらの魚はこれだ。 |
いやらしいあわびだ。 | 店の前に出している。 閉店時は中にしまうのか? それにしても大変だ。 |
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国際市場地下商店街 の端の、上がったところの銀行。 両替。 ここでは1万円が 112120ウォン。 |
独り言を言っている 浮浪者。 |
チャガルチ市場に行く。 |
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グロテスクななまこ。 | 愛想のいいお母さん。 でも何も買わない。 |
休んでいるところもある。 |
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今日は荷があまり 入らなかったのかな。 |
芸術的な蛸の 並べ方。 |
アンコウもきれいに どぶと肝を抜かれて。 |
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ねずみもお出まし。 | このねずみは 恐れることを知らない。 |
それか飼っているのかも 知れない。 |
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餌をやっているのかな。 ビルの中のチャガルチ市場は 火曜日全館休みで3階の 海鮮料理店も休み。 |
昨日の焼肉やで この貝を出された。 |
仕方ないので、昼食はチャガルチ 駅近くの「サネパプ」へ行く。 友が日本にいるときから ガイドブックを見て、ご推奨の店。 |
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調理室では二人。 娘のお父さんお母さんかも? |
遠慮なく写真を撮る。 | メニュー。二人で 約10000ウォン。 |
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多くの小皿。 私は肉どんぶりを 食べたのだが 何か違う。小皿のものも 糸こんにゃくとサラダを 少しつついただけ。 |
姉妹かも知れぬ。 | この店の入り口。 2階でやっています。 |
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農協のスーパーマーケット。 | ポップコーンだろう。 | 韓国のコンニャク。 「サネパプ」のキムチの中に コンニャクも入っていた。 |
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黄色いのは何の果物 だろうか。 |
きれいな店内。ここでお土産を 買う。インスタントラーメン、 チョコレート、のり、しめて 友のを含めて、約56000ウォン。 |
ガードマンのような、 店長のような。 |
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雨が降るので地下街を歩く。 | 火曜日の夜は、 釜山駅の近くの スーパーへ行って、パンと 牛乳ですます。 韓国料理の匂いが鼻について もう韓国料理は食えない。 8時にはさっさと寝る。 友は夜の街に出る。帰ってきて 友の言うのに、韓国のサラリーマンも 鬱憤がたまっているようだと。 |
04月24日(水曜日) 次の朝4時半に目が覚め、 暗いうちから一人で、 散歩に出る。誰もいない 地下街に入る。恐ろしい気もするが 私と同じように韓国でも 徘徊老人がいるであろう。 |
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本当に誰もいなかった。 | 歩いていると、男に出会う。 悪そうではない。 地下鉄券の買い方を教えて 貰おうと思ったが、歩いていっても 近いということで、ついて来なさいと 言われて、チャガルチの場所は 知っているのだが、ついていく。 この人も親切な人だ。 |
前日は閉まっていた、 ビルの中の チャガルチ市場に入った。 |
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アンコウの肝とどぶを 手際よく取っている。 |
この赤い奴は何なのだろう。 | ビルを出て、 もっとも海に近い場所に行く。 |
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大きなひらめだ。 | しごうされたアンコウ。 こちらは肝をつけている。 新鮮なのだろう。 |
漁船も見える。だいぶん 空も明るくなった。 |
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ぼらが跳ねている。 | 右手の一番近いおっさんは 朝鮮将棋をしていた。 一仕事すんだ 後かも知れぬ。 |
今日の3時には船着場に 集合しないといけない。 チェックアウトは10時で、 荷物はホテルで預かってもらい 遅くても午後1時頃には ホテルに戻らねばならぬ。 |
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地下鉄に乗る。 チャガルチ駅で、 ペンダントみたいなものを 5000ウォンで買わされ、 そのペンダントに10000ウォン チャージした。 これを買うにも道行く人に聞き、 その人が駅員がいる場所まで 連れて行ってくれて、やっと問題が 解決した。 |
凡一洞に行く。 チャガルチ駅から 7番目の駅だ。 ガイドブックでは、 映画「チイグ」のロケ地に なっているという。 |
凡一洞駅に降りて、路地に入って 行くと、早くから食べ物屋が 店をひらいている。 もやしなんかがいっぱい入って、 何の料理なのか? |
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駅の案内図で南門市場が あるというので、来て見たら、 開いているところは 一軒だけだった。 |
青果市場ではないらしい。 | このビルの後ろが 南門市場。 |
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歩道橋より東方面を見る。 | 西方面を見る。 パトカーが止まっている。 |
反対の西面駅方面。 |
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釜山方面。 | 地下鉄には防毒マスクも 用意されている。 |
本も自動販売機で 売られている。 |
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朝飯を食いに 東横ホテルに地下鉄で戻る。 観光バスが止まっている。 中国人か日本人の 団体が来たのでしょう。 |
地下鉄に乗るために これを5000ウォンで買った。 |
このペンダントようなものに 10000ウォンをチャージし、 これを地下鉄の改札口にかざせば 入場できる。ほかに バスやらタクシーも 利用できるらしい。 |
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東横ホテルの朝飯。なるべく 韓国臭のないものを バイキングする。ところが 味噌汁をちょっと飲んだ途端、 韓国臭のもとは味噌にあったのだと 気づく。もはや味噌汁も 飲めない。 |
友は地下鉄に乗りたくないと いうので、1時に、このホテルで 待ち合わせをして、おのおの 別行動をとる。私はすぐさま 地下鉄に乗り、東菜駅に行く。 朝に行った、凡一洞駅より9駅先。 |
東菜市場があるというので、 歩いていく。 地下鉄は ここでは高架橋を走る。 |
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学校なのか。それにしても 生徒が騒ぐ声が しない。 |
一人くらい生徒がいても おかしくないのに。 |
これで小学校とわかる。 でも生徒の声は聞こえない。 今日は休みなのか? |
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川に出る。 | 川幅はそんなにないが、 市民が両岸を散歩している。 |
公園もあり |
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お年寄りが ストレッチをしている。 |
大きな鳥もいる。 | 私のカメラのシャッター音で 逃げる。 |
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魚は見つけられない。 | マンションもニョキニョキ 建っている。 |
向こうも マンション群であろう。 |
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とうとう道に迷った。この人に 尋ねると、東菜市場まで 連れて行ってもらった。およそ 2キロくらいは歩いたか。 「金」さんありがとう。 |
新しいメガスーパーと 昔のままの東菜市場とが あるそうです。 |
東菜市場の周り。 |
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各種のキムチ。 | サムゲタン用か。 | ぐるっと回る。 |
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市場の前に 古めかしいものがある。 |
墓なのか。 | 宗象賢はどのようなことで 忠義であったのか? 検索しますと、 文禄の役(1592年)で、小西行長の 進軍で、唯一東菜に踏みとどまって、 対峙した文官。 行長の降伏勧告に対して、 このような名言を吐く。 「戦死易仮道難」 |
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このオバサンは6歳まで 名古屋にいたそうです。 私が日本人だと知ると 大喜びしてハグしてくれました。 |
すっぽん。 | これもすっぽんか? |
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どじょうだろう。 | ビルの中に入る。夜には人が 多いのであろうか? やはりこのような古びた市場は 衰退しているのか? |
まだお客さんは 少ない。 |
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小学生が 見学に来ている。 |
アナゴだ。 | 夫婦仲良く 商売している。 |
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調味料屋。 | 肉屋の前に衣料品屋。 | 味噌を入れる壷だろう。 |
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漆器をいちいち並べていた。 | この警官に東菜駅に行く 道順をきこうとしたが、 日本語がわからず、 本庁に連絡する。 日本語ができる係官が出てきて 話すが、なかなか通じない。 係官から発音が悪いですねと 言われた。日本語の発音が悪いのか。 仕方なく英語でサブウェイ・ステーション と言ったら 通じたようだ。 |
蒸しパン。 |
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近くまで来ているのだろうに あの特徴ある黄色の駅が 見当たらない。学生に聞くと ついて来いということで、 すぐに駅が見つかった。 韓国のイケメン男だ。 |
駅の立ち食い オデン屋。 |
地下鉄一号線はすべて 茶色で列車が 塗りこまれているのかと 思っていたけど、一本のラインだけだ。 |
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東菜駅で女学生に 撮ってもらった。 |
東菜駅から西面駅に行く。 | 乗り換え表示に |
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このような掲示があり、 一瞬徳川家康も この地に入ったのかと 思った。 |
西面駅のすぐ近くには 工具屋、チェーン屋が多い。 動く人形。器用にトンカチを 扱っている。 |
百貨店だがお客はいない。 日本でもデパートは衰退気味だが 韓国も同じなのであろう。 |
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いるのは店員だけだ。 | 誰もいない。 | 一階のロッテリアに入って 早めの昼飯を食う。 |
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一番簡素なものを注文する 4000ウォン。 |
ここの従業員。 | じっさんが騒いでいて、 警官が呼ばれる。ロッテリアから 追い出される。 |
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このじっさん、警官にも 悪態をついていた。 |
酒でも 飲んでいたのでしょう。 |
ロッテリアから遠ざかる までパトカーは居続けました。 |
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バイクは何台もあるが 配達員は男の子一人 しかいなかった。 夕方からいそがしくなるのかも? |
閑散とした百貨店の概観。 | ディシティという名。 |
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ワイヤーやら電線類 の店。 |
日本風。焼き鳥居酒屋と 書いてある。看板の人物も 日本人らしく女房らしき 女性はアサヒビールの壜を 抱えている。 |
暖簾のハングル文字を 表で調べたら、 「ぺこぺこ」と読める。 |
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日本の牛丼屋を 真似たような店。 店の名前が「トンモン」と いうのでしょうか? 看板に日本語で さいこうきゅうの 豚肉専門店と 書いています。 |
圧搾機器や工事用モーター。 | こちらは配管。 |
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何の店かわからない。 | 西面駅の表通り。 | 近代的なビルが建つ。 |
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地下鉄に乗って 釜山鎮駅に降り立つ。 案内に水晶市場があると 書いている。 |
それらしき入り口。 | 昼飯時なので人が 多くいそうだ。 |
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ぶどうのおっちゃんは 日にこれだけ売れば 商売になるのだろうか? |
韓国では自営業者が 多いと聞くが、卵売りの おっちゃんも自営業者の 一人として勘定されているので あろう。 |
こいわしをさいている。 |
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よくわからない品物だ。 | 豚の皮を洗っている。 | 釜山鎮駅の案内板。 |
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やっと中央洞駅に戻り、 待ち合わせの東横ホテルに行く。 途中対面に消防署が あったのに気づく。 ホテルから出て、船着場に行くのに、 友はこっちだと言い、 私は違うように思ったが、 間違いないというので、ついていったが 間違いだった。重たい荷物を抱え 遠回りをした。友は方向音痴だとも わかった。 |
船着場から見た東横ホテル。 わが友は午前中釜山タワーの 公園で朝鮮将棋を 見ていて、昼飯も、釜山に到着した 最初の日に行った店で 同じものを食べたそうです。 私と違って彼は公園で 定点観測をし、韓国の 何かを得たようです。 |
船着場の二階。 |
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土産物屋で買う人は あまりいない。 燃料付加運賃24000ウォン、 ターミナル利用など3200ウォン などを払う。 |
私はこの三日間で 歩き回り、ふくらはぎが パンパンにはって痛い。 |
この期間中安倍総理が 靖国に参拝しているところを 韓国のテレビが流していた。 東菜駅で女学生に地図を示して 漢字の駅名を指差して聞いたのだが、 わからないと言う。ハングル文字だけで 漢字など習っていないのだ。 歴史なども漢字を習っていないと 昔の文献など読めやしない。 これでは「正しい歴史認識」ができるかどうか 疑問だ。 |
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疲れきった顔。 | 10万円持っていって、 残が3万4千あった。交通費と 宿泊代とで4万円ほどで、財布には まだ5万7千ウォンも残っているので、 個人的に使ったのは2万6千円。 |
税関を通り抜け、 あとは船に乗るだけ。 |
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若い日本人女性客も多い。 ニセブランドのことを 話していたので、そういうものを ショッピングしたのでしょう。 |
大きなキャリヤーバックを それぞれもっている。 |
いよいよ釜山を離れる。 やはり船は2階席をとる。 |
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釜山大橋。 | 釜山沿岸旅客船 ターミナル。 |
近代歴史博物館では 釜山大橋(現在では影島大橋と 呼ばれている=1934年竣工) が当時「近代都市釜山のシンボル」 と書かれてあった。現在では この大橋が韓国躍進の象徴に なっているのでしょう。 |
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何のビルなのか。アンテナが たくさんあるから海上保安庁 ようなものか。 |
やっと日本が 見えてきた。 |
広島駅の前で。 広島の静かさに驚きを 感じる。 |